プロフィール

当サイトにお越しいただき、誠にありがとうございます。
未来共創コーチの山口和德です。

少々長くなりますが、私のプロフィールをご紹介します。

 

1965年、佐賀県で生まれました。
幼少の頃は、明朗快活な性格で、あまり親の手を煩わせない“良い子”でした。
小学3年生の時と4年生の時に父の仕事の都合で転校し、

転校当初は仲間外れに遭ったりしましたが、持ち前の性格で、

すぐに打ち解けることができました。
小学4年生の時からは合唱部、5年生からは金管バンド(トランペット担当)に所属し、音楽に夢中になりました。

 

物心ついた頃には、ジャンボ機のパイロットになることが夢でした。
そのために一生懸命勉強して第一志望の中学校・高等学校に進学しました。
ここまでは夢に向かって順風満帆でしたが、高校1年の夏休みに歯車が狂い始めます。
ある夏の晩に金縛りに遭ったことをきっかけに、覇気を失い、常に誰かに見張られているような強迫観念に囚われて心身のバランスを崩し、学校に行けなくなってしまったのです。
学校に行こうとすると発熱したり、腹痛が起こる。これが学校を休むと治まる。
おそらく“良い子”だった私は、親が期待する姿であり続けることに疲れてしまったのでしょう。鬱状態になってしまいました。
もちろん、成績はガタ落ち。かろうじて留年せずに高校を卒業できたものの、大学受験は失敗。そのせいで両親の言い争いも増え、家の中の雰囲気も最悪になりました。
今のようにメンタルヘルスが一般的になっていない時代ですから「根性なし!」「それでも男か!」と心無い叱責も受けました。精神科の治療を受けたいと親に相談すると「そんなところに行かせられるか!将来を棒に振る気か!」と叱責される始末。もうどうしていいのかわからなくなり、自分自身が情けなくて仕方がありませんでした。

 

一旦、親元を離れたほうがいいと思い、東京の予備校に通わせてもらいました。
しかし、弱ったメンタルはそうそう元には戻らず、踏ん張りがきかないため成績も上がりません。

結局、大学受験はまた失敗。親元に戻り、悶々とした日々を過ごすことになりました。
そうこうしている内に弟が推薦で国立大学に合格。嬉しい半面、情けなさが倍増しました。
とにかく環境を変えるためにも大学に行かなくては。焦った私は、行きたい大学というより入れる大学を選択し、進学しました。

 

半ばパイロットの夢は諦め、大学生活を送る内、当時ブームとなっていたパソコンに興味を持ち、大手電機メーカー系のエンジニアリング会社に就職しました。
上京し、さあここから人生の巻き返しを図ろうと取り組みました。結婚もし、子供にも恵まれ、これからもっとがんばろうとまじめに取り組んでいましたが、過度のストレスから職場不適応を起こし、またも鬱状態になってしまいました。
やっぱり私はダメ人間だ。そんな思いに打ち拉がれました。
1年休職し、なんとか職場復帰を果たしますが、出世コースからは外れ、とにかく食べていくためのお金を稼ぐために出社する。出社したものの居心地の悪さを感じて早く帰りたい衝動に駆られる。家に帰ったら帰ったで息子の寝顔を見ては「なんて情けない父親なんだ」と涙する…そんな日々が続きました。

 

体調も優れず、思うように稼げず、鳴かず飛ばずの日々を過ごしていたある日、あるセミナーに参加したことでSOURCEの存在を知りました。気になった私はすぐに書籍を買って読み始めましたが、なかなか読み進められず、意を決してSOURCEワークショップに参加しました。
そこで作成したワクワクの地図を眺めた時、「新しく学んだことを伝える」という方向性が見えました。「そうなんだ」と妙に腑に落ちた私は、ワクワクに生きることに興味を持ちました。まずは仕事の中で自分が学んだことを伝えることを意識してみよう、そんな小さな一歩を踏み出しました。

 

小さな一歩を踏み出すと、少しずつ生活の中で変化が起こってきました。
あるセミナーで一緒だった友人から産業カウンセラー養成講座に通っている話を聞きました。
産業カウンセラー? 私にとって妙に心に響く、静かなワクワクを感じる言葉でした。
でも鬱状態になって以来、心療内科に通っていた私。「投薬治療を受けている人間が人の悩みを聴こうだなんておこがましい。せめて薬を必要としない状態にならないと無理だ。」そう思っていた矢先、藁にもすがる思いで訪ねた3つ目の病院で「これだけ薬を処方しているのに治らないのがおかしい」と医師に言い放たれました。
正直ショックでした。まじめに治療に取り組んでいるのに治らないから相談したのに…。
医師との信頼関係は崩れ、断薬を決意します(※)。

※あくまで私のケースであり、安易に真似しないでください。

それほど強い薬でなかったことが幸いし、やめてしばらくは吐き気やめまいを感じることがありましたが、なんとか薬を飲まずにいられるようになりました。
「これで産業カウンセラー養成講座に行ける!」久々に希望が湧いた瞬間でした。

 

2007年4月。産業カウンセラー養成講座が始まりました。正直10月まで通い続けられるだろうかと不安もありました。ですが、先生と仲間に恵まれ、気づけば一日も休まず受講していました。
学んでいくうちに「これまで人生の汚点だと思っていた私の経験が、私の武器になる」、そう思えるようになると希望の灯が灯ったようでした。試験にも一発で合格することができ、無事カウンセラー資格を得ることができました。

産業カウンセラー資格を取ったものの、何から始めていいかわかりませんし、養成講座で学んだ知識だけでやっていけるのかも不安でした。ましてや職場で資格を生かそうにもぺーぺーじゃ説得力がない。
どうしたものかと思いながら数ヶ月が過ぎたころ、産業カウンセラー試験の係員募集のメールが目に留まります。まずはカウンセラー仲間の人脈作りから始めようと係員に応募しました。先輩カウンセラーとペアを組み、試験室の担当になりました。
これがきっかけで翌年から東京支部の研修事業のお手伝いを始めることとなりました。
支部活動を通して人脈作りのみならず様々な療法まで知ることができました。
また本業の職場のほうでは、カウンセラー資格を職場で生かすべく、与えられた仕事に邁進していたところ、障害を持つ同僚との取り組みが上司の目に留まり、出世の道が開けました。

 

自分のワクワクすることに同じ情熱を注いだところ、気づけば本業では管理職に、産業カウンセラー協会では運営幹部になっていました。

 

現在、私と同じような苦しみを抱える方や、人生をバージョンアップしたいと考える方の支援をしていきたい思いから、会社を退職し、パル・クリエーションズを主宰する道を選びました。

山口 和德(やまぐち かずのり) 未来共創コーチ

<主な資格>

  • 日本ブリーフセラピー協会認定 ブリーフコーチ・エキスパート

  • 日本ブリーフセラピー協会認定 ブリーフセラピスト

  • VOICE公認 SOURCEベーシックトレーナー

  • (一社)日本産業カウンセラー協会認定 産業カウンセラー

  • ​日本MBTI協会認定 MBTI®認定ユーザー

  • (株)イメージワーク メンタルサポート 問題解決セラピスト養成講座修了

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